欧州で進む「修理する権利」の法整備―ジェトロ・調査レポートから見るー

修理する権利は欧州・アメリカなど世界で話題に
「修理する権利」(Right to Repair)といったキーワードが欧州、アメリカを中心に昨今話題になっている。家電製品の修理サービス関連に携わっている人の関心は高いものの、国内ではまだごく一部でしか報じられておらず、具体的に「日本でも法制化を含めて検討すべき」といった論議もほぼ皆無なのが実情だ。
「修理する権利」は家電製品を中心にした耐久消費財を、従来のようにメーカーやメーカーの委託した業者に修理を依頼するのではなく、ユーザー自らが修理したり(アメリカではDIYが定着しており、ユーザー自身の修理実施を求める声が多い。欧州は包括的な解釈での施策が中心といった違いがある)、自分の選んだ修理業者に依頼して修理が行える権利のこと。
欧州やアメリカでは法制化の動きがここ数年で進んでおり、メーカーも対応を検討したり一部修理可能性指数の表示などの具体策が始まっているが、実際の動きはネット記事等でいくつか取り上げられているものの、イマイチ分かりづらい。そこで、今回最も的確で信頼性の高い情報発信を行っている独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)の調査レポートを取り上げる。
家電修理の全国ネットワークであるJ-HARBは海外の「修理する権利」について、家電製品の修理による「長期使用」による持続可能性をアップするとともに循環型経済(サーキュレーター・エコノミー)を推進するために重要なポイントとして考えている。今後、J-HARBとしては同レポートや将来の動きを捉えながら、実務を行っている修理会社として海外情勢をどのように解釈すべきなのか、また国内で導入を検討するうえでの現実的な課題点や対処方法などをまとめていきたい。
(RM-tech編集部)
では、早速ジェトロの調査レポート「EU循環型経済関連法の最新概要―エコデザイン規則、修理する権利指令、包装・包装廃棄物規則案―」(2024年11月・日本貿易振興機構(ジェトロ)調査部・ブリュッセル事務所)の中から「修理する権利指令(R2R指令)」の内容を見てみよう。
修理する権利指令(R2R指令)
1.指令の背景と制定の経緯
(1)背景
製品の修理を促進するための共通ルールを定める指令(通称「修理する権利指令(R2R 指令)」)※54は、製品の持続可能な消費に向けて、消費者の「修理する権利」を導入し、法的保証の枠内と枠外の両方で製品の修理を促進するための施策を規定する。指令は、不便さや透明性の欠如、修理事業者へのアクセスの難しさ等を理由に、消費者の修理意欲が削がれてしまう問題に対処するものとなっている。
同指令は、再利用、修理、改修を含めた製品のライフサイクルの促進によって環境に利益をもたらし、短期的には、新製品購入に伴う費用負担を回避することで消費者の利益を確保して、持続可能な消費を促進する。製品の早期廃棄を減少させ、消費者が製品をより長く使用できるようにするには、消費者が自ら選択した修理事業者に合理的な価格で修理を依頼できるよう、製品の修理に関する規定を強化する必要がある。
修理により、廃棄物の減少や、故障した製品を代替する新しい製品の製造と販売工程で生じるエネルギー・資源需要や温室効果ガス排出量の減少も見込まれるため、結果的に持続可能な消費につながる。
消費者が修理か買い替えかを選択する際には、経済的便益、耐久性、修理サービスの利用しやすさや修理の所要期間等が、判断基準として重要な役割を果たす。様々な要因が修理の妨げとなりうるため、指令は、こうした障壁に対処することを目指している。
2022 年10 月発表のユーロバロメーターの調査結果※55によれば、EU 市民の77%が気候変動の抑制に向けて行動すべき個人的責任を感じている。しかし、廃棄される製品は、修理可能であるにも拘わらず早々に捨てられてしまう場合が多い。製品の早期廃棄の結果として、EU では年間3,500 万トンの廃棄物が不必要に発生、3,000 万トンの資源が無駄に消費され、2 億6,100 万トンの温室効果ガスが排出されている。
さらに、修理ではなく買い替えを選択することによる消費者の損失は、年間120 億ユーロに上ると推定される。また、修理する権利指令の導入は、EU に48 億ユーロの経済成長と投資をもたらすと見込まれる※56。
(2)指令制定までの経緯と国内法制化の期限
欧州委員会は2023 年3 月22 日、「新循環型経済行動計画」に基づく政策パッケージ第3弾の一環で、修理する権利指令案※57を発表した。これは、供給側の要件として、製品の製造段階で修理可能な製品設計を促進するエコデザイン規則や、需要側の要件として、グリーンへの移行に向け、製品の販売時点で消費者にその耐久性と修理可能性についてより良い情報を提供する消費者のエンパワーメント指令※58(グリーンウォッシング(実質を伴わない環境訴求)禁止指令)といった、持続可能な消費の促進を目指す他のEU 法を補完している。アフターセールス段階の修理を促進することで、これらの法令を合わせて製品のライフサイクル全体を網羅し、互いに補完、強化し合う。
この指令案についてEU 理事会と欧州議会は、2024 年2 月2 日に暫定的な政治合意に達した※59。欧州委員会は当初の草案で、交換費用が修理費用と同じか上回る場合、保証期間中は販売事業者に修理を優先するよう義務付けることを提案していたが、暫定合意では、EU理事会の主張どおり、消費者が修理と交換のどちらかを選択するという現行制度を維持することで合意した。一方で、欧州議会の立場に配慮し、保証期間内に消費者が修理を選択した場合、販売事業者の保証期間が12 カ月延長されることにも合意した。
その後、2024 年4 月23 日に欧州議会本会議、2024 年5 月30 日にEU 理事会での採択を経て、同指令は2024 年6 月13 日に署名された。2024 年7 月10 日にはEU 官報で公布され、2024 年7 月30 日に発効した。加盟国は、2026 年7 月31 日までに同指令で規定された内容を国内法制化し、同日から適用させる必要がある※60。

2.指令の概要
(1)指令の目的と主な要素
①指令の目的
修理する権利指令は、高い水準の消費者保護と環境保護を提供し、EU 域内市場がより適切に機能することを目的として、製品の修理に関する規定を強化する共通のルールを定めるものである。指令は、法的保証の枠内か枠外かを問わず、製品の修理と再利用を増加させることによって、より持続可能な消費を促進することを目指している。それにより、欧州委員会の優先課題であるグリーンへの移行、特に、欧州グリーン・ディールの実現に貢献する。
②指令の主な要素
指令は、修理可能な製品の早期廃棄を抑制し、消費者が製品をより長く使い続けるよう促すことを目指し、そのために修理を促進する各種措置を導入する。主な措置として、消費者の修理する権利を強化するための、製造事業者の修理義務および修理後の法的保証の延長措置、消費者への情報提供を充実させるための「欧州修理オンラインプラットフォーム」および「欧州修理情報フォーム」、加盟国による修理促進措置を導入する。加盟国は、2026 年7 月31 日までに、同指令の規定を国内法制化することが求められる。
(2)製造事業者の修理義務と対象製品
①製造事業者の修理義務※61
指令は、製品の製造事業者に対する修理義務に関し、主に以下の規定を導入する。
・ 製品の製造事業者(対象製品については次項「②対象製品」参照)は、消費者が希望する場合、合理的な期間と価格で故障した製品を修理する義務を負う。ただし、修理が不可能な場合は除外となるほか、製造事業者は修理義務を満たすために、下請け事業者に修理を委託することもできる。修理期間中、製造事業者は、消費者に無料または合理的な料金で代替品を貸し出すことができるほか、修理が不可能で交換が必要な場合、消費者が望めば、整備済み製品を提供してもよい。
・ 製造事業者がEU 域外企業の場合は域内の認定代理人が、認定代理人がいない場合は輸入事業者が、輸入事業者がいない場合は販売事業者が修理義務を負う。ただし、認定代理人または輸入事業者、販売事業者は、下請け事業者に修理を委託して修理義務を果たすこともできる。
・ 修理義務を負う製造事業者※62は、無料でアクセス可能なウェブサイト上で、典型的な修理の参考価格を消費者に提示することが求められる。また、少なくとも修理義務のある期間は、消費者が分かりやすく簡単にアクセスできる方法(例:ウェブサイトや取扱説明書等)で、自社の修理サービスに関する情報を無料で提供しなければならない。
・ 製造事業者の修理義務の適用期間は、各製品の修理可能性要件※63に基づいて製造事業者にスペアパーツの提供が義務付けられる期間と同じ期間となる。この期間は製品によって異なる※64が、通常は5~10 年間となる。
・ 製造事業者は、スペアパーツと工具を提供する場合、修理の妨げとならない合理的な価格で提供しなければならない。
・ 製造事業者は、対象製品の修理の妨げとなる契約条項や、ハードウェア/ソフトウェア技術を用いてはならない。ただし、知的財産権の保護など正当化される理由がある場合は除く。また、製品安全性などの法的要件を満たしている限り、独立系修理事業者による、純正または中古、互換性のあるスペアパーツや3D プリンター製のスペアパーツの使用を妨げてはならない。また、製造事業者は、過去に他の修理事業者または他者が修理を実施したことのみを理由に、修理を拒否してはならない。
②対象製品※65
製造事業者の修理義務の対象となるのは、洗濯機、乾燥機、冷蔵庫、食洗器、テレビ、掃除機といった家電製品や、携帯電話、タブレット、コンピュータサーバー・データストレージ製品、軽輸送手段(LMT:電動自転車やスクーター等)用バッテリー内蔵製品、溶接器具など、エコデザイン指令の実施措置(および、今後、制定されるエコデザイン規則の委任立法)などのEU 法で修理可能性要件が規定される製品で、関連規則の番号とともに指令付属書II のリストに掲載されている(表参照)。
欧州委員会が特定製品について、特にエコデザイン規則の枠組みで、新たな修理可能性要件を導入する場合、これらは付属書II のリストに追加される。リストの更新は、製品の修理可能性要件を定めた関連EU 法の公布から12 カ月以内に委任立法として採択される※66。
表 : 製造事業者の修理義務の対象製品
1 家庭用洗濯機・洗濯乾燥機 | 欧州委員会規則 (EU) 2019/2023 |
2 家庭用食洗器 | 欧州委員会規則 (EU) 2019/2022 |
3 冷蔵・冷凍庫 | 欧州委員会規則 (EU) 2019/2019 |
4 電子ディスプレイ | 欧州委員会規則 (EU) 2019/2021 |
5 溶接器具 | 欧州委員会規則 (EU) 2019/1784 |
6 掃除機 | 欧州委員会規則 (EU) 666/2013 |
7 サーバー・データストレージ製品 | 欧州委員会規則 (EU) 2019/424 |
8 携帯電話・コードレス電話・タブレット | 欧州委員会規則 (EU) 2023/1670 |
9 家庭用乾燥機 | 欧州委員会規則 (EU) 2023/2533 |
10 軽輸送手段用バッテリー内蔵製品 | 欧州議会・理事会規則 (EU) 2023/1542 |
(注)1~9 はエコデザイン指令に基づき各製品のエコデザイン要件を定めた欧州委員会規則、10 は電池・使用済み電池規則(通称「バッテリー規則」)。
(出所)修理する権利指令付属書II より作成
(3)修理後の法的保証の延長※67
同指令は、消費者に修理を選択するインセンティブを与え、保証期間内の修理を促進するため、既存の物品販売指令※68を改正する。販売事業者の法的保証期間中に対象製品に欠陥や故障が生じ、消費者が交換ではなく修理を選択した場合、法的保証期間※69は1 度に限り12カ月間延長される。
ただ、加盟国の裁量で12 カ月を超えた保証期間の延長や、再度修理が必要になった場合の追加の延長も認められる。また、販売事業者は、製品の修理や交換を実施する前に、消費者に対し、修理と交換のどちらかを選択できる消費者の権利と保証期間の延長が可能であることについて通知しなければならない。
(4)欧州修理オンラインプラットフォーム※70
同指令は、消費者が修理事業者等を簡単に見つけられるよう、無料で修理事業者を検索できる「欧州修理オンラインプラットフォーム」の設置を定めている。このプラットフォームは、共通インターフェースを用いた各加盟国セクションで構成され、以下の情報についての検索機能を含むよう求められる。
・ 製品
・ 修理サービスの位置情報(地図ベースの機能を含む)
・ 国境を越えたサービスの提供
・ 修理条件(修理の所要時間や一時的な代替品の利用可能性、修理する製品の引き渡し場所を含む)
・ 取り外し、設置、配送などの付随サービスの利用可能性と条件
・ 適用される欧州または加盟国レベルの修理品質基準等
また、該当する場合は、整備済み製品の販売事業者や故障製品の買取事業者、地域主導の修理イニシアチブの検索機能も含める。このプラットフォームは、既存の「Your Europe※71」ポータルを拡張して設置される予定で、欧州委員会はプラットフォーム向けのIT インフラ(共通インターフェース)を2027 年7 月31 日までに開発しなければならない。また、加盟国はそれまでに、要件の設定や国内修理事業者の登録の管理を含めた各加盟国セクションの整備を担う。

(5)欧州修理情報フォーム※72
消費者が、修理事業者のオファーを簡単に比較し、自由に選択できるようにするため、新たに「欧州修理情報フォーム」が導入される。修理事業者は、標準化された修理情報フォームを通じて、消費者に修理サービスに関する情報を提供できるようになる。ただ、修理事業者の同フォームの利用はあくまで自主的なものとなる。
同フォームには、修理事業者の連絡先の詳細や、故障の性質と提案する修理のタイプ、価格、所要時間、修理中の代替品の有無とその費用、製品の引き渡し場所、その他の付随サービスの有無(取り外し、配送、設置など)といった修理条件の詳細を明確かつ分かりやすく明記する。フォームの書式は、指令の付属書I に掲載されている。
修理事業者は、消費者の要請後、修理サービス契約締結前の合理的な期間内に、同フォームを消費者に提供することが求められる。フォームの提供は原則無料だが、故障の性質と修理のタイプの特定や修理価格の算定にあたり、特別な診断サービスが必要となる場合、修理事業者はその費用を消費者に請求できる。修理事業者が消費者にフォームを提供した場合、その日から最低30 日間は修理条件を変更することはできない。 また、有効期間内に消費者がオファーを受け入れた場合、修理事業者は原則、その条件で修理サービスを実施する義務を負う。
(6)加盟国の修理促進措置※73
同指令において、加盟国は、修理を促進させるための措置を最低1つ導入することが義務付けられる。これには、資金措置とそれ以外の措置も含まれ、例としては、情報提供キャンペーンの実施や地域主導の修理イニシアチブへの支援、修理バウチャーの発行、修理基金の設置、地域レベルのオンライン修理プラットフォームの構築支援、特殊な修理技術を習得する技能研修への資金提供などが想定される。措置の導入期限は、2029 年7 月31 日となる。
※54:Directive (EU) 2024/1799 of the European Parliament and of the Council of 13 June 2024 on common rules promoting the repair of goods and amending Regulation (EU) 2017/2394 and Directives (EU) 2019/771 and (EU) 2020/1828
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2024/1799/oj
※55:Eurobarometer, “Fairness perceptions of the green transition”, October 2022
https://europa.eu/eurobarometer/surveys/detail/2672
※56:European Commission – Press Release ”Right to repair: Commission introduces new consumer
rights for easy and attractive repairs” 23 March 2023
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/ip_23_1794
※57:European Commission, “Proposal for a Directive on common rules promoting the repair of goods” 22 March 2023
https://commission.europa.eu/document/download/afb20917-5a6c-4d87-9d89-666b2b775aa1_en
※58:Directive (EU) 2024/825 of the European Parliament and of the Council of 28 February 2024
amending Directives 2005/29/EC and 2011/83/EU as regards empowering consumers for the green
transition through better protection against unfair practices and through better information
https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2024/825/oj
※59:Council of the EU, “Circular economy: Council and Parliament strike provisional deal on the right to repair directive”, 2 February 2024
https://www.consilium.europa.eu/en/press/press-releases/2024/02/02/circular-economy-council-andparliament-strike-provisional-deal-on-the-right-to-repair-directive/
※60:修理する権利指令第22 条1
※61:修理する権利指令第5 条
※62:または該当する場合、認定代理人、輸入事業者、販売事業者
※63:修理可能性要件とは、指令付属書II のリストに掲載される製品別のEU 法に定められる、製品の修理を可能にするための要件を指す。これには、分解しやすさの向上やスペアパーツへのアクセス、製品
や構成部品に使われる工具に関する要件などが含まれる(修理する権利指令第2 条11)
※64:指令付属書II のリストに掲載される製品別のEU 法に定められる。
※65:修理する権利指令付属書II
※66:修理する権利指令第5 条9
※67:修理する権利指令第16 条
※68:Directive (EU) 2019/771 of the European Parliament and of the Council of 20 May 2019 on certain aspects concerning contracts for the sale of goods https://eur-lex.europa.eu/eli/dir/2019/771/oj
※69:物品販売指令により、販売業者の法的保証期間は2022 年1 月以降、最低2 年と定められている。
※70:修理する権利指令第7 条
※71:「Your Europe」ポータルは、EU 市民向けに、その権利や全加盟国の行政規則や手続き等に関する情報をワンストップで提供する情報ゲートウェイ。https://europa.eu/youreurope/index_en.htm
※72:修理する権利指令第4 条
※73:修理する権利指令第13 条